2009年03月09日

政宗の前立て

ブログ巡りしてたら政宗の前立ての話が出てたので何で政宗の前立て(兜の月型飾り)の片側が短いか、ちょっと触れてみようと思います。

月だから片側短くても普通じゃないの?って思うけど真意は『抜刀して振り上げたりする際に前立てに引っ掛からない為』です。邪魔になってたら戦(いくさ)所じゃないしね。

鶴に「な~んでだ?」と出題するも、あっけらかんと答えが返ってきた。
あ~らら(;´Д`)

それと[月を信仰していたのであんな弧をえがいている(太陽は○で表す)のではなかろうか]とか。


あの前立て見てるとNIKEやJALのロゴを思い出すよ(´Д`)
NIKEと言えば仙台限定で政宗ステッカー出してた事あったんですよね。
GETしたけど今何処に行ったのやら…orz




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この記事へのコメント
こんばんわ〜

私もこの前某SNSサイトで同じ話題出してましたww

実用性溢れる具足で素晴らしいですよね

政宗の前立ては密教の胎蔵界、日の丸の軍旗は金剛界を表していて
政宗が両界の王となるように、輝宗が定めたという話しを聞いたのでそう思ってたのですが…
信頼し得る資料ではなかったので微妙です

ガセネタですかね?
Posted by 愛季 at 2009年03月09日 22:30
>>愛季さん
恐らく『性山公治家記録』の一節からですよね。
ガセか否かは…何しろ100年以上後に出された物だし後世の後付けとも考えられなくも無いですが、都合の良い様に改竄や隠蔽もあったかも知れないですし素人が答えるには何ともですね~。

政宗時代にそういった史料があったなら話は変わって来たかも知れませんが、当時まつりごと(政)や日常に呪(まじない)や信仰があった位なので呪的要素と実用的要素を併せた前立て等は政宗独自の洗練されたバランス感覚の具現化であった方が熱いですね♪

久我的には歴史を丸々信じる気は無いですよ。その方が面白いし楽しいですから。
政宗の独眼とかも様々な発想が出来る方が浪漫がありますよね♪
Posted by 久我 at 2009年03月10日 00:14
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    コメント(2)